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神戸地方裁判所 平成10年(ワ)2202号 判決

原告

河島俊美

ほか三名

被告

岸本ハツミ

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告河島俊美に対し、金二二四一万〇五一二円及びこれに対する平成九年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは各自、原告河島重和、原告河島勉及び原告淺田敏秀各々に対し、金七四七万〇一七一円及びこれに対する平成九年七月四日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは各自、原告河島俊美に対し、金三一〇六万二九六七円及びこれに対する平成九年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは各自、原告河島重和、原告河島勉及び原告淺田敏秀各々に対し、金一〇三五万四三二二円及びこれに対する平成九年七月四日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した河島挺一(以下「挺一」という。)の相続人である原告らが、本件事故の加害者である被告らに対して、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故により生じた損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

(一) 発生日時 平成九年七月四日午後六時四七分ころ

(二) 発生場所 兵庫県小野市浄谷町二六七五番地先交差点付近道路上

(三) 被害者 河島挺一

(四) 加害車両A 軽四輪乗用自動車(神戸五〇た八九九二)

(五) 右運転者 被告岸本ハツミ

(六) 加害車両B 軽四輪貨物自動車(神戸四一や・二六二)

(七) 右運転者 被告西尾寛行

(八) 事故態様

被告岸本は、加害車両Aを運転して右交差点に差しかかり、一時停止を行わないまま、同交差点を南から北に進行しようとした。その時、同交差点を西から東に向かって進行してきた被告西尾運転の加害車両Bと衝突した。この衝突により、加害車両Bは、同交差点北東道路脇において農作業をしていた河島挺一に衝突した。

2  右事故当時、被告岸本ハツミは加害車両Aを、また、被告西尾寛行は加害車両Bを、それぞれ自己のため運行の用に供していた。

3  本件事故に遭った挺一は、これにより、同月五日死亡した。

4  原告河島俊美は挺一の妻であり、原告河島重和、原告河島勉及び原告淺田敏秀はいずれも挺一の子である(甲三ないし六)。原告らは、挺一死亡後、被告岸本の加入するJA共済から、本件損害の填補として三〇〇万円の支払を受けた。

二  争点

本件事故により生じた損害の額

〔原告らの主張〕

本件事故により、挺一の被った損害は次のとおりである。

1 逸失利益 二八一二万五九三五円

(一) 農業及びはさみ製造業よる収入=二一九九万九九〇四円

挺一は、本件事故当時、七一歳で、農業及びはさみ製造業に従事していた。

農業については八〇四七平方メートルの田を耕作しており、また、はさみ製造業については年間約七七〇万円の売り上げがあった。したがって、はさみ製造業の必要経費を控除したとしても、挺一には、農業及びはさみ製造業を合わせて平成八年度の賃金センサス(男子学歴計)程度の収入(三九五万五八〇〇円)があった。

挺一は、本件事故当時、原告重和と同居しており、挺一が負担していた生活費は固定資産税程度で、食費などは原告重和の収入から支出されていた。したがって、挺一の右収入のうち、同人の生活費に充てられる割合は多くても三〇パーセントである。

挺一は七一歳であったが、健康であり、かつ、はさみ製造業は高齢者でも従事できる仕事なので、本件事故がなければ、少なくともあと一〇年は農業及びはさみ製造業に従事できた(一〇年の新ホフマン係数は七・九四四九)。

以上により、挺一が農業及びはさみ製造業により得べきであった収入の現価額は二一九九万九九〇四円である。

3,955,800×(1-0.3)×7.9449=21,999,904

(二) 年金収入 六一二万六〇三一円

挺一は、本件事故当時、国民年金と農業者年金を受給していた。平成八年の受給額は、国民年金が六三万〇一九八円、農業者年金が二六万〇九〇〇円で、合計八九万一〇九八円だった。

右年金収入のうち、挺一の生活費に充てられる割合は、(一)と変わることがなく、同人は、この年金を、平均余命である一三年間にわたり受給することができたはずだった(一三年の新ホフマン係数は九・八二一)。

以上により、挺一が国民年金と農業者年金により得べきであった収入の現価額は六一二万六〇三一円である。

891,098×(1-0.3)×9.821=6,126,031

2 慰謝料 三〇〇〇万円

挺一は、被告らの一方的で重大な過失により、交通事故に巻き込まれ死亡した。このような突然の事故によって生命をたたれた挺一の無念さは計り知れない。

また、挺一は、当時、家族から頼りにされる一家の中心人物であったので、突然の挺一の死によって取り残された家族の無念さも考慮すると、慰謝料額としては三〇〇〇万円が相当である。

3 葬儀費用 一五〇万円

4 弁護士費用 五五〇万円

原告らは、被告岸本との間で調停を行ったが、これが不調に終わったため本訴を提起せざるを得なくなった。したがって、右1ないし3の損害額より、共済からの支払額を控除した額の約一割に当たる五五〇万円が弁護士費用としては相当である。

5 よって、本件事故により挺一の被った損害額は、右1ないし3の額より、JA共済からの填補額三〇〇万円を控除した額に、右4の弁護士費用を加えた六二一二万五九三五円である。原告らは、被告らに対し、右損害額を法定相続分に応じて分割した額の損害賠償を求める。

〔被告らの主張〕

1 逸失利益について

(一) 農業及びはさみ製造業による収入について

挺一の農業及びはさみ製造業による収入は、原告らの主張する賃金センサスによる平均賃金額よりも低額だったので、挺一の収入の算定は、賃金センサスをもとにすべきではなく、同人の所得実額をもとにすべきである。

また、挺一は、本件事故当時、原告俊美、原告重和、原告重和の妻及び子二人とともに六人で生活していたので、右収入のうち生活費に充てられる割合は少なくとも四〇パーセントはあったと見るべきである。

就労可能年数について、挺一が現在と同量、同内容の仕事をあと一〇年も続けることは不可能であり、平均余命の半分である六年が限度と見るべきである。

(二) 年金収入について

年金収入が逸失利益であると認められる場合、その中から生活費として控除されるのは通常五〇パーセント程度である。

2 慰謝料三〇〇〇万円は高額すぎる。

3 葬儀費用一五〇万円は高額すぎる。

4 弁護士費用は相当因果関係を欠く。

第三争点に対する判断

一  逸失利益について

1  農業及びはさみ製造業による収入一四二一万五二四六円

(一) 挺一は、本件事故当時、八〇四七平方メートルの田を耕作しており(甲一一)、また、ねじの売買や刃物研ぎ等を内容とするはさみ製造業に従事し(甲一二の1ないし6、甲一三の1ないし3、甲一四の1ないし3、甲一五)、それぞれからいくらかの収入を得ていた。

しかし、七一歳の老人が、約八〇〇〇平方メートルの田を、はさみ製造業のかたわら、一人だけで耕作できるとは考えにくく、農業は家族の労働によって営まれていたと推認されるところ、本件全証拠によっても、一家の農業収入や、挺一の寄与度を認定することはできない。

はさみ製造業については、挺一の妻である原告俊美は老齢のうえ他でパートタイムで働いており、長男である原告重和は小野市役所に勤務する公務員であること(原告重和)、挺一死亡後ははさみ製造業の後継者がなく作業場を解体する予定であること(甲一六の一及び二、原告重和)からすると、はさみ製造業については挺一がほとんど一人で作業していたことが認められる。しかし、右甲一二ないし一五は平成九年度の上半期分の納品先に対する請求書に過ぎないうえ、これに要した経費の額も明らかではないので、はさみ製造業による純収入も不明である。

そして、原告らは、耕作面積と右請求書の提出以外に収入の立証をしない。

したがって、挺一は農業及びはさみ製造業によっていくらかの収入を得ていたが、具体的にどの程度の収入を得ていたか認定することはできない。

もっとも、挺一は健康であって、事故当日も農作業に出ていたことから見て、平均賃金程度の収入は得ていたものと推定することができるので、平成八年度の賃金センサス男子学歴計の同年齢層の三九五万五八〇〇円をもって、挺一の基礎収入とするのが相当である。

(二) 挺一は、本件事故当時、原告俊美、原告重和(四三歳)、重和の妻及び同人らの子二人と同居していたこと、重和の妻は専業主婦であったものの、原告俊美はパートタイムの勤務をし、原告重和は公務員としてそれぞれ収入を得ていたことが認められる(原告重和)。

右によると、右収入の三〇パーセント程度は挺一の生活費に充てられていたと認めるのが相当である。

(三) 挺一の就労可能年数については、挺一が他の高齢者と比べて特別健康であったとは認められないこと、他方農業は肉体労働であること、挺一のはさみ製造作業の中には鋼に焼きを入れるものなど必ずしも肉体的に楽な作業とはいえないものも含まれていると認められること(原告重和)からすると、挺一が通常人と比べて特に長く就労できたとは認められないので、挺一の就労可能年数は平均余命(一二・七六年)の半分である六年と認めるのが相当である(六年の新ホフマン係数は五・一三三六)。

3,955,800×(1-0.3)×5.1336=14,215,246

2  年金収入 四一〇万五七七九円

挺一は、本件事故当時、国民年金(老齢基礎年金)として各期一〇万五〇三三円(一年につき六期あるので、年間六三万〇一九八円)、農業者年金(経営移譲年金各期二万〇〇二五円と農業者老齢年金各期四万五二〇〇円)として各期六万五二二五円(一年につき四期あるので、年間二六万〇九〇〇円)を受給していた(甲一九及び二〇)。

国民年金(老齢基礎年金)も農業者年金(経営移譲年金と農業者老齢年金)もともに、当該受給者に対して生活保障を与えることを目的とするものであるとともに、その者の収入に生計を依拠している家族に対する関係においても同一の機能を営むものと認められるので、これらの年金収入も挺一の逸失利益と認められる。ただ、これらの年金収入の性格やその額からして、少なくともその五〇パーセントは挺一の生活費に充てられるものと認めるのが相当である。

また、挺一の平均余命は一二年と認めるのが相当である(一二年の新ホフマン係数は九・二一五一)。

891,098×(1-0.5)×9.2151=4,105,779

二  慰謝料 二五〇〇万円

被告岸本と被告西尾にはいずれも故意と同視するほどの重大な過失はなかったと認められるが(甲七の一ないし一七)、他方、挺一は既に中年に達した長男家族があるとはいえ、一家の精神的な支えであったことが認められ(甲七の一二、原告重和)、本件事故により挺一を失った原告らの無念さを考慮すると、右金額が相当である。

三  葬儀費用 一二〇万円

本件事故により挺一の葬儀が行われたことが認められるが(甲七の一四ないし一六)、具体的な葬儀費用は明らかではなく、右金額が相当である。

四  弁護士費用 三三〇万円

原告らが原告訴訟代理人たる弁護士に本件訴訟の提起遂行を委任したことは当裁判所に顕著であるところ、原告らが被告らに請求できる損害賠償額の合計は、右一ないし三の額の合計よりJA共済からの弁済額を控除した四一五二万一〇二五円であること、本件訴訟の経緯等の諸般の事情を考慮すると、三三〇万円の限度で、本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を請求できるものというべきである。

五  以上により、被告らが連帯して負担すべき損害賠償額は、四四八二万一〇二五円となる。

原告俊美は挺一の妻であり法定相続分は二分の一なので、右の二分の一である二二四一万〇五一二円の限度で理由がある。

また、原告重和、原告勉及び原告敏秀はいずれも挺一の子であり法定相続分は各六分の一なので、本訴請求は各七四七万〇一七一円の限度で理由がある。

六  よって、右各損害賠償金とこれに対する本件事故の日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で原告らの請求を認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下司正明)

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